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2007年05月20日

おいらの中学生時代 その1

中学のときの話書くのがいちばんつらいです。
 
ごめんなさい、本当に思い出すだけでもつらくてなかなかパソコンに向かえませんでした。
本当に地獄のような日が続いてたから。。。。
でも、書くと約束した以上は書かなくては。
 
 
*注意*

内容がショッキングなこと(いじめ関係の内容)が多いので、フラッシュバック起こしたりしそうな人は読むのを止めてください。
フラッシュバックによる体調不良を訴えられても、当方は責任を持ちません。
読む人の自己責任でお願いします。

あと、これから書くことはすべて事実です。
ネタだと思って煽ったりするのだけはやめてくださるようお願いします。

それと、個人名・団体名等の質問にお答えすることは一切できませんのでご了承ください。
 
 
 
これらの約束が守れる人のみ、『続きを読む』から入って続きを読んでください。
 
1994年、私は中学に入学しました。
 
町で1つしか中学校がなかったため、小学校で一緒だったやつらは自動的に同じ中学へ行くことになりました。
(ただし、2名だけ私立行ったけど。)
 
最初のうちはよかったのですが、だんだんいじめがエスカレートしてきました。
更には、先輩からもいじめを喰らい、心がズタボロになりました。
 
一番きつかったのは…
 
 
屋上の手すりにロープでぐるぐる巻きにされて、逆さにつるされたことかな。
 
 
もう、そのまま死んでしまったほうが楽だって思いましたよ。
 
 
そのうち、身体もボロボロになりました。
喘息も中発作がしょっちゅう出るようになり、摂食障害も併発しました。
何度も自殺を試みようとしましたが、すべて失敗しました。
 
 
このころ、父親に引き取られ、継母のいじめもあったので家出も繰り返してました。
野宿も何回経験したかなぁ…。
「死ね」って言われて、包丁も突きつけられたこともあったなぁ。
 
 
それでも、まだ誰かが助けてくれるって思ってたけど、見事に裏切られましたよ。
 
 
 
担任もいじめに加担してた事実をこの目とこの耳ではっきりと目撃してしまったのですから。
 
 
 
 
他人からのいじめを、自分の身体をいじめることでしか苦痛を和らげることができなかったのです。
その後遺症もあってか、ほんまに今でも身体はボロボロだけど。
 
 
2年になって、担任も変わったし、クラスのメンバーもごろっと変わったけど、もはや人間なんか信用できなかったな。
もう、自宅にいるよりマシやったから学校に行ってたって感じ。
内申点もとらなアカンかったから。
 
 
 
それも、当時自分が生きるためには必須だったから。
 
 
 
もう、勉強することしか考えてなかったな。
どっか遠い高校に行って、下宿しながら生活しよう。
それもできなければ、就職してこの家とこの町から出て行こうって考えてたし。
 
 
でも、それも自分的にはかなり無理があったな。
 
 
 
パニック起こして、掃除中に突然キレてほうき振り回して暴れてもうた_| ̄|○
心身ボロボロの状態で、何かしようって思うほうが無理だったんだよな。。。。
でも、親に言っても精神科になんか連れて行ってもらえんかっただろうから、助かる道もなかったのだけれど。
 
 
そのうち、学校で倒れることも多くなったなぁ。
かんしゃく起こして、突然意識がなくなることが多くなった。
 
 
保健室で過ごす時間も多くなったなぁ。
保健室で寝てるときが一番天国やった。。。
 
 
保健室で寝てるときにふと思ったこと…
 
 
 
一人が一番楽。一生集団に入らないで生きていけたらな。。。。
 
 
 
ニート予備軍になりそうでした_| ̄|○
(何年か後に実際にニートになりましたが…苦笑)
 
 
 
 
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 
 
 
 
次は、中学3年のときの話をします。
地獄からの生還って感じでしょうか…。
posted by 奈良人(ならんど) at 22:31| 奈良 ☀| Comment(0) | 奈良人の生きざま | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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