お知らせ☆

2013.2.4

*アスパラガスの会、参加者募集中。

3月と12月除いては毎月やってます^^。

詳しくは→ 【こちらをクリック!!】 

2007年04月29日

おいらの小学生時代 その2

まぁ、悲惨な中で生きてても少しは強くなるもんだよ(;´Д`)
 
高学年になっても悲惨な状態が続いてるのには変わりなかったのですが、人間というのは恐ろしいもんでそれが日常化すると当たり前のこととして受け止めてしまうんですねぇ。
死にたいと思うことは続いてましたが、どうにか生きてました。
前回の記事で書いた内容を読んでない人は、ちょっと話のつながりがわからないかもしれませんが、飛ばして読んでいってください。
 
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 
 
高学年になって、一輪車クラブに入部しました。
わたしの頃が第1期生やったかな。
小学校時代で唯一、自信の持てるものができました。
負けん気が強かった私は、いじめてた奴らを見返そうと人一倍練習に励みました。
 
その甲斐もあって、小学校で一番早く一輪車に乗れるようになりました。
みんなが鉄棒つかまりながら一輪車に乗っている頃、私はバック走行ができるようになっていたのです。
元来、運動はあまり得意ではなく、自転車に乗れたのも小学校3年になった頃だったのですが、一輪車だけは乗れました。
 
見返すための道具から、趣味に転じたのは、一輪車を自分のお小遣い(別れた父から毎月もらってました)を貯めて買ったときからでした。
乗れるからほんまに楽しくて。
一輪車で4kmの道のりを漕いだこともありました。
 
 
下級生に一輪車の乗り方を教えることもありました。
同級生とはあまり話せなかったので、下級生を中心に友達をつくっていました。
わたしの周りには、いつも下級生でいっぱいでした。
今でも、近所の子供に一輪車の乗り方を教えたりします。
(自分自身では乗れるサイズの一輪車が見つからないので乗りませんが…。)
 
 
一輪車に乗ってるときは、つらさを忘れてました。
だから、夕方暗くなるまで一輪車に没頭してました。
 
 
そのおかげで、しょっちゅう躓いてこけていたのがこけなくなりました。
バランス感覚はだいぶ養われたんとちゃうかな。
 
 
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 
 
次の話は、ショッキングな内容が含まれると思うので、読んでしんどくなると思ったら読まんほうがええで。
自分も、紙で下書きしてて気絶しそうやから…。
肝っ玉の強い人だけ読んで。うん。
posted by 奈良人(ならんど) at 04:46| 奈良 | Comment(0) | 奈良人の生きざま | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。