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2007年04月29日

おいらの小学生時代 その1

むちゃくちゃ悲惨やから、読むんやったら覚悟して読んでな〜(;´Д`)
 
 
本当はむちゃ悲惨やから、あんまり書きたくないねんけどなぁ…。
リアルでも、前のブログのときもあってんけど、結構のんきに生きてきたって思われとるらしくて、どうもそれが奈良人的には気に食わんのよ。
だから、思い切って書くことにしました。
 
で、注意事項を3点。
 
*今回はいじめや虐待についても触れるので、フラッシュバックを起こしそうな人は見るのを止めてください。

*万が一見てフラッシュバックを起こされましても、当方は責任をとりません。閲覧は自己責任でお願いします。

*これから書くことはすべて事実ですが、出てくる人の名前・団体名等は個人情報の保護の観点から仮名にさせていただきます。
 
 
というわけで、これらのことを了承していただいた上で閲覧をよろしくお願いします。
閲覧していただける方は、『続きを読む』をクリックしてください。
1988年、地元の小学校に入学しました。
と、同時に激しいいじめが始まりました。
 
社会のルールを覚えるのが苦手で、自分の中のルールだけで動いていた幼稚園時代とは違い、小学校では協調性を要求されます。
それは、休み時間であってもです。
授業よりも休み時間のほうが苦痛でした。
 
小学一年生で、教科書や上靴は隠されるのはしょっちゅうだし、ドッヂボールを顔面に当てられて鼻血を出したりもしょっちゅうでした。
ランドセルも窓から放り投げられ、拾いに行ったら運動場の砂をかけられたりもしました。
 
先生に言いに行ったら、学級会で取り上げられ、翌日からはもっと酷いことになりました。
 
 
「おまえみたいなクズは死んでしまえ!!」
 
 
これ、小学校低学年の子が言う言葉ですか?!
こんな言葉を毎日、先生のいないところで浴びせられても我慢して学校に行ったら
 
 
「お前のくるとこじゃねーよ!!転校してしまえばいいのに。」
 
 
これはまだ、序の口でした。
 
 
 
小学校2年のときに、父と母が離婚しました。
それを機に、さらに状態は悪化しました。
 
 
「お前がグズだから、父ちゃんは出て行ったんだよ!!」
 
 
その言葉を言われたときに、私は初めてブチ切れました。
授業中にいすを振り回し、机を投げ、1時間ぐらい暴れました。
先生も誰も手がつけられず、とうとう家庭訪問をされる始末。
母親は、そのときに初めていじめの酷さを知ったようです。
だって、親に心配をかけたくなかったから言わなかったし。
 
 
家庭訪問が終わったあと、母親から言われた一言にさらにショックを受けました。
 
 
「ビービー泣くお前が悪いわ。」
 
 
この一言を言われたのを境に、母親には何も言わなくなりました。
母も離婚直後で精一杯だったのでしょうが、もっと話を聞いて欲しかったなと思いました。
 
 
このころから、死にたいと強く思うようになりました。
毎日毎日、死ぬことしか考えていなかったように思います。
どんなに頑張っても、片付けできないし、忘れ物も減らないし、計画的に宿題もできない。
本当に自分はクズだと思うようになりました。
 
 
自己イメージの低さは、ここから来てると思います。
やはり、幼少期から存在の否定をするような言葉は絶対に言ってはいけないなと思います。
成長は、自分の存在が認められて初めてできるもんやと思いますから…。
 
posted by 奈良人(ならんど) at 04:19| 奈良 | Comment(0) | 奈良人の生きざま | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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