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2008年06月27日

小奈良(こなら)の赤ちゃん時代。。。(長文です)

今思えば、よう育てられたなって思います。。。



今日は娘の話。
娘の赤ちゃん時代は、本当に孤独との戦いでした。

小奈良(こなら)は2003年のお盆が終わってすぐに生まれました。
3348gの元気な赤ん坊で、おっぱいもよく飲んでくれましたが…


ん?何かが違う。。。。(汗)


一足先に子供をうんだ友達に「赤ちゃんって手がかかるよ〜。」って聞いてたのだけど…


赤ん坊にしては手がかからなさすぎました。。。。


4ヶ月ぐらいまでは、おっぱい飲んではスコンと寝てしまう。
オムツがおしっこで濡れようとも泣きもしないどころか、私が気づくまで服もびちょびちょでいてても平気だったことも(汗)。


少しおかしいなって思ってはいたのだけど、あまり心配しないようにしてたのです。
でも、周りはものすごく干渉してくるし、精神的に参ってしまいました。


「奈良人(ならんど)さんのやりかたがおかしい!!」ってトメウトからも責められ(←注:トメウトは責めたつもりはなく、アドバイス与えたつもりだと思います。)、子供を生んだことのない主人のきょうだいからも白い目で見られて、悩んで悩んでとうとう産後うつ発症する事態に陥りました。


近くのママ友に相談しても、「小奈良(こなら)ちゃんが手のかからない子なのに何を悩む必要があるの?」っていわれる始末でだんだん孤独感が増してきました。


そんなとき、4ヶ月児健診があったので、あまりにも手のかからなさ過ぎるということを相談しても


「手がかからないならいいじゃないんですか?」


なんて保健師から返される始末で、私の周りには理解者がいないと途方にくれました。



離乳食の時期が訪れ、はっきりした異変に気がついたのは、ママ友と一緒に出かけてたときのこと。
外に出るので、市販のベビーフードを持っていって食べさせたんですが…


小奈良(こなら)、市販のベビーフードを断固拒否!!!


さらには持っていった赤ちゃんせんべいも食べず、泣きじゃくり、おっぱいを離さないまま外出終了に。
その後、そのママ友とは縁が切れてしまいました。


でも、おっぱいだけでは足りず、何も食べさせないわけにはいかなかったので、かつおぶしで1からだしをとって、野菜も細かく切ってすりつぶして…。
離乳食を作るだけでその日が終わってしまうこともありました。
うつの最中で、家事全般をうまくやっていく気力すらなくなっていたのに、家が片付かないことで主人や主人の両親から責められ、小奈良(こなら)のことを話しても「おまえのやりかたがわるい!!」の一点張り。


ほんま、この当時は自殺の二文字しか思い浮かばなかったです。



一生懸命やって、ホッとしたくても、小奈良(こなら)には手抜きすらゆるされない。
このころの小奈良(こなら)は、ちょっと環境が変わっただけでかんしゃくをひどく起こすようになっていました。
でも、昼間の小奈良(こなら)のことは主人も主人の両親も知らないんです。。。。
主人の両親なんかたまにしか会わないし、たまたまニコニコな小奈良(こなら)のときにしか会わないのでわかってなんかもらえない。。。。


このとき、生きるために働くことを決意した奈良人(ならんど)でした。



少しでも小奈良(こなら)から離れたら、自殺をしなくて済むかもしれない。
生きていられるのだったら、小奈良(こなら)にとってはそっちのほうがいいだろうし。
でも、その仕事も1ヶ月半でやめてしまったのですけど。。。。
(参照記事: 『フラッシュバックに悩まされる。』 )


保育所も3ヶ月入れてみたけど、トメウトに『保育所なんかやめさせろ!』と猛抗議にあって、また小奈良(こなら)と二人きりの生活が始まりました。


はっきりいって、小奈良(こなら)が24時間べったりで私と生活してるほうがおかしくなってしまうだろうに・・・。



1歳3ヶ月ぐらいで歩き始めた小奈良(こなら)、その2ヵ月後ぐらいには高いフェンスをよじ登ってしまうようになってしまい、一瞬たりとも目が離せなくなってしまいました。



もう、これでもかってほど高いところに登っては落ちてケガして、擦り傷をトメウトに見られたときには「奈良人(ならんど)さん、小奈良(こなら)放置してるでしょ!!」っていわれるし。。。。。



放置してないっっっっっ!!!!!!!(怒)


って心の中で叫んでも、それを言葉に出そうと思っても出てこずで。。。。。



小奈良(こなら)と話してても、会話と呼ぶには程遠い状態で。
周りの子は「まんま、まんま」って積極的に要求してるのに、小奈良(こなら)はご飯の時間に「まんま」っていうことはなく、食べたくもないのに「まんま」っていって私に無理やりご飯突っ込まれてしまう羽目になるし。。。。。


しかも、おもちゃ与えても遊ぼうとはせず、なぜか携帯電話でしか触らなかったです。


あと、夜中おきては暗い部屋の中で1人で遊んでいることもしょっちゅうでした。



こんな状態で、私一人でどうこうできるはずもなく、アスペルガーの資料を持ってきてくれた福祉関係の友人に発達障害支援センターを紹介してもらって相談に。
そこからまた、住んでる自治体や地域生活支援センターにつないでもらい、家事はヘルパーさんに週に1回来てもらい、小奈良(こなら)は私の就労を条件に保育所へ再び入れることが決まりました。


この時点で、小奈良(こなら)は2歳になっていました。
posted by 奈良人(ならんど) at 23:57| 奈良 ☁| Comment(2) | 子供のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
奈良人ちゃんとはちょうどこのあたりに知り合いましたね。
「鬱が再発して・・・」とは聞いていたんだけど、これだけ大変な状況だったのね。
あれから4年くらいだねえ。
まさかお互い(私はADDだけど)発達障害持っていたとは思わなかったねえー。
本当に苦労したと思うんだけど、奈良人ちゃんは精一杯のベストの道を歩いて来たんだと思うよ。
Posted by こず at 2008年06月28日 20:52
>こずさん

そうですねぇ、もうそんななりますかぁ。
まだ1年ぐらいしか経ってない感覚です(;´Д`)

自分自身ではこれがベストの道かどうかはわかりません。
もっと良い方法があったかもしれないなって。
Posted by 奈良人(ならんど) at 2008年06月29日 22:33
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